教員インタビュー
国際金融論担当 佐藤秀樹先生
Q 研究テーマを紹介いただけますか?
A 「国際金融」という通貨の体制や制度を研究しています。国際金融論は、経済の分野で不可欠な資金の流れを取り扱います。それは、政府や自治体、民間企業だけでなく、私たちの家計にも直接関係する身近な領域です。私たちは、日本で生活していますが、通貨の動きは地球が自転している様子に似ています。つまり、マネーフローはまるで世界をぐるりと巡っているかの様相を呈しています。
日本の金融市場は、まず前日のアメリカの市場の結果を受けてスタートします。時差としてはそれよりも早くニュージーランドやシドニーというオセアニアの市場がオープンし、日本を含めたアジアの市場、そしてヨーロッパの市場、最後にニューヨーク市場に代表される米国の市場が開いていき、また閉じていきます。このような激動する世界経済の中で、特にヨーロッパ、EUの研究を進めています。ヨーロッパは日本とは距離がありますが、グローバルな情報が瞬時に伝わり、それに伴い企業が行動するダイナミックな世界で、日本に多くの示唆を与えています。EUを研究対象に据えることは、日本の政策を発展させることに繋がると考えています。
Q なぜそのような研究テーマに関心をもたれたのですか?
A 国際金融は経済政策の領域の中でも、とりわけ短期的に激しく変化する要素を持っています。株価、金利、為替などは毎日、毎時変わります。それらの変動的な要素を含んでいるのが株式市場、債券市場、外国為替市場です。
しかも、現在の価格で今取引を行う直物取引だけでなく、一定期間後の価格を現在決定して取引を行う先物取引や先渡し取引も盛んに行われています。一方で、短期、中期、長期の時間軸を持っています。かつ、国境を越えたクロスボーダーの取引が日々活発に行われ、前述のように各国の金融市場が相互に影響し合っています。
つまり、「時間」という軸と、「空間」という軸という2つの軸を自在に動いているのが国際金融の世界と言えます。このような変貌が激しい世界の中で、「安定」と「成長」の両立を図ろうとするのがEUです。特に、単一通貨ユーロを導入できた欧州諸国は、当初困難とみなされた政策を実現しました。これには具体的なプランが作られてから、およそ30年間かかっていますが、先進国中心の戦略としては、世界で類をみない緻密かつ壮大な実験となりました。もちろん、加盟国が広がるに連れて、国の間で格差が見られ、金融政策を一本化したECBの下で加盟国が独自の政策を打つことは限られます。しかし、EUの実力として、異なる制度や政策を「協調」させることには長けています。それは、EUを越えた国際社会で政策を調整する際に、ヨーロッパの諸国が真価を発揮できていることと関係があります。日々、EU本部があるベルギーのブリュッセルでその「鍛錬」をどのように行っているのかということに、私自身非常に関心があります。言い換えれば、常に変化する国際金融の中における「安定」と「政策協調」の実態の追究が、私の研究のコアとなっています。
Q 具体的には、どのように研究を進めていますか。
A 現状分析による研究と歴史分析による研究の2本立てで行っています。現状分析については、最新のEUの銀行監督制度と政策の分析を行っています。特に、EUの中でもユーロ域は、単一通貨ユーロを導入した後、リーマンショックを経て「単一市場」の深化を重要視するようになりました。ドイツのフランクフルトを拠点とする欧州中央銀行(ECB)は、金融政策に加えて、銀行監督政策を実施するようになりました。これが欧州銀行同盟(EBU)という銀行監督政策の一元化です。銀行監督は本来、加盟国固有の政策分野であり、この政策について国境を越えて一本化することは容易ではありません。世界金融危機を通して銀行監督の基準を明確化し、共通化を進めることは世界でも比類ない試みです。2021年末現在ではEBUの3分の2が実行されています。
一方、歴史分析では銀行監督の国際協調の起源を明らかにすることを目標としています。具体的には、スイスのバーゼルを拠点とする国際決済銀行(BIS)の内部史料(アーカイブ)を1970年代と80年代について重点的に解析しています。そこには、現在の自己資本比率規制に代表されるバーゼル規制、あるいはその規制の原点となる銀行監督の多様性の認識とその調和の必要性を見出すことができます。バーゼル銀行監督委員会(BCBS)の起源に迫り、その萌芽期と進展を明らかにすることは、現在の銀行監督の最新の国際的な指針を解読する上で、新たな切り口を提供するため、極めて有意義であると考えられます。
Q 欧州の金融制度研究から得られた知見のうち、現在の日本に何か参考になるものがあれば教えてください。
A 欧州はEU法という明瞭な法的な枠組みで組織され、「共同体の集積(アキ・コミュノテール)」が堅固にその枠組みを裏付けています。そのフレームワークの中で確かに国境は残存し、固有の言語や文化が存在し、さらに加盟国それぞれの政策の指向性が異なります。「多様性の中の統一」を目指していて、安定や強固さとともに柔軟性を備えています。ゆえに、国際協調に向けた作業を通して日々政策立案能力や調整能力を鍛錬しているために、米国や(EUから離脱した)英国、日本、中国、その他の多くの国が参加する国際的な金融ガバナンスを形作る組織において、EUは中枢にいます。一方で、日本は先進国ですが、例えばG7やIMF、BIS、BCBS等で十分に主体的な影響を与えているかというと、まだそのレベルには至っていません。アジアでの代表的な先進国ではありますが、その立ち位置に甘んじずに、国際社会で渡り合っていけるかという点で、知見の深み、方法論の構築、ネットワーク作り、そしてグローバルデザインを描く能力という点で、日本にとって欧州から多くの学ぶべきところがあります。
Q 研究者の道を志されることとなったきっかけは?
A 大学2年生の後半からゼミナールが始まり、それまで受講していた大講義とは異なり、自ら課題を探して調べ、発表することになりました。主体的に行動し、資料やデータを用意して報告を準備し、発表する中で仲間とディスカッションすることが自然と肌に合うと感じたことがきっかけです。大学3年生から図書館を利用することが多くなり、自主的に知識を補強していくことが、じわじわと楽しくなってきました。それから、大学学部、大学院修士課程、博士課程を通して同じ大学で学び、指導教官を始め多くの先生方や仲間に恵まれたお蔭で、研究者の道を歩み続けることができました。
Q 研究のために欧州地域に行くことは多いのですか?意見交換は英語で行うのですか?
A パンデミック前の2009年度から2019年度の11年間は、ほぼ毎年欠かすことなく欧州地域に行きました。現地でしか入手できない史料の閲覧と収集、また現地の研究者、当局者、専門家との学術交流を実施しています。国際学会での発表や意見交換も海外に出る目的です。それから、BISやECB、欧州委員会、欧州銀行機構(EBA)などの国際機関、EU機関には、異なる国籍の俊英なエキスパートが集っているので、皆英語が堪能です。そのため、打ち合わせに使う言語は英語となります。しかし、例えばフランス中央銀行の現地史料を閲覧する時にはフランス語の知識が必要ですし、ここぞというキーワードを深掘りして話す際は英語以外の現地の言葉を修得していると大変有益です。
パンデミックにおいて海外出張はほぼできませんが、関係する国際学会やセッションが数多く開かれていますので、時差にもめげず(!)、オンライン会議を通して学術交流に継続的に参加しています。
Q 国際金融の分野で興味深い研究テーマを教えてください。
A EUでは資本市場同盟(CMU)がどのように形成されていくのかが焦点となり、最前線のテーマの一つです。これまで「安定」を求めてきた欧州が「成長」にベクトルを切り替え始め、パンデミックの環境下で、EUが新しい局面をいかに乗り越えるかが注目されています。
また、デジタル通貨をめぐって、中央銀行が発行するタイプか、主力企業が発行するタイプかなどキャッシュレスの強力な流れを受けて決済分野で革新的な動きが見られます。さらに、グリーンディールが2021年の英グラズゴーでのCOP26を経て一層重要視され、民間企業の開示が強く求められるようになりました。金融政策や金融監督政策に、このグリーン政策をどのように組み込むのかという点も、興味深い新しいテーマです。
Q 最後に、金沢大学経済学類生や高校生にむけて一言いただけますか。
A まず、本学の経済学類生には、限られた4年間でどれだけ自分を成長させることができるかチャレンジしてほしいですね。何かこれだけは負けないという経済分野の中の1つか2つの柱を作って、社会人の方に引けを取らない知識、見識を身に付けると強いと思います。インプット、アウトプット共にどこまでできるかチャレンジすることも楽しみですね。
そして、高校生には、受験準備で打ち込んでいることは必ず入学後に役立ち、重要な基盤となりますので、受験勉強を工夫しながら実力を養成され、突破していただきたいと思います。大学では、教養、専門共に幅広く、かつ深く勉強できます。また、学生生活自体もエンジョイでき、自分を高めることができる環境を大学は提供していますので、希望を持って励んでいただきたいです。