情報科学担当 寒河江雅彦教授 インタビュー

寒河江雅彦教授
寒河江雅彦 情報科学担当

Q どのようなことを研究されているのでしょうか?

 ノンパラメトリック統計学という統計学の一分野でその理論と応用について研究しています。ノンパラメトリック統計学は、事前に推定する関数を決めるのではなく、実際のデータによって柔軟に適応できる統計解析法です。この理論を利用することで直線から曲線、或いは、不規則で複雑な動きのある現象を一つのノンパラメトリック統計モデルを用いて、推定することができます。世の中の自然現象から社会現象、経済現象の多くは大変不規則な動きをしています。私たちはこのようなさまざまな現象からその真の構造を見つけ出すための研究をしていることになります。将来の予測値(気象予測、経済予測)などもその応用例になります。

研究例えば、身長データXから体重Yを推定する問題を考えます。Y=αX+βのような線形関係があると事前に仮定して推定を行うのが一般的なパラメトリック統計学になります。しかしながら、御存知のように株価などは非常に不規則な動きをしています。Y=αX+βという単純な関係に収めるにはかなりの無理があります。これに対してノンパラメトリック統計では、この不規則な変動成分も含めて、現実のデータにより適合するような推定が得られます。

Q 具体的には、どのように研究を進めていますか。

 ノンパラメトリック統計学を研究している研究者の数は世界的に見てもあまり多くはないので、国内の研究者との情報交換や共同研究も重要です。さらに最先端の研究を維持するために海外の統計学者とも共同研究をしていくことになります。私の場合は、海外ですと、米国のライス大学、イェール大学の研究者と共同研究を続けています。大学院生にもプロジェクトに参加してもらい、活躍してほしいと思っています。

さて、研究の話はこれくらいにして、大学で学ぶ統計学の話に戻しましょう。

Q 経済学・経営学における統計学の意義とは何でしょうか?

 経済分析では、様々なデータからその本質的な構造を見つけ出すことが重要です。データには説明できない変動成分や誤差が入り込んでいて、その構造を見つけ出すためには不規則な変動成分を処理することが必要です。これができるのは統計学、確率論に基づいた分析です。

Q 通常、経済学では多くの前提条件を据えて、推計をするのが一般的ですよね。

 経済分析の難しいところは、多くの前提条件を置いて推計を行うことができる場合はごく限られていることです。現実には、表には出てこない潜在的な要素が実際に観察される現象に影響を与えたりします。

Q 経済学との関係で、そうした統計的手法がどういう点で有効なのか説明いただけますか?

 現在、ゼミの学生たちが、北陸新幹線の地域波及効果を研究しています。通常、こうした分析には産業連関分析を行います。例えば産業連関表に示された産業間のインプット―アウトプット関係が、将来もまったく同じということはありえないわけです。つまり、それぞれの年のデータには、なんらかの「構造+ゆらぎ」が含まれているのが一般的です。統計学では、過去のデータの「ゆらぎ」を確率変数として捉えることで、最終的な波及効果は幅を持った信頼区間として推計されます。このくらいの波及効果がもたらされる可能性は80%であるなどの分析が可能となります。また、感度分析によって、波及効果の大きい項目も分かります。これによって地方自治体はどのような産業に重点化した政策を取ると効率的か評価可能となるでしょう。

Q 統計学というと、データ分析などに比べて、現実経済や現実社会との関係が今一つ具体的にイメージできないのですが。

 ブッシュとゴアの一騎討ちとなった2000年アメリカ大統領選挙で、フロリダ州の票をめぐって1ヵ月以上どちらが勝者なのかわからない事態が発生しました。最終的には、最高裁判所でブッシュ側の勝利が宣言されたわけですが、その際に米国の政治学者が選挙における得票数を統計的に分析しています。それらの研究の中で私共の研究論文が引用され、分析の重要なモデルとして使われて、驚いたことがありました。通常、裁判にはさまざまな証拠が提出されますが、証拠だけで判断がつかない場合には、統計的な判断が参考にされることもあります。一見、実世界とまったく関係ないように思える研究でも、社会に大きなインパクトを与えることもあるのだと感じました。これこそが研究の醍醐味かと思います。

Q 先生は、理系出身で、現在、金沢大学経済学類の教授ということで、そのキャリアパスに関心があります。

 学生時代は統計学、確率論、情報理論、ORなどについて勉強しました。大学院を卒業した後、民間のシンクタンクに就職し、そこで主に政府機関の情報通信行政に関する政策立案、地方自治体の情報通信政策等のプロジェクトを任されました。その後、私立大学の理工学部、国立大学の工学部を経て、金沢大学経済学類に移りました。一般的に理系出身者は製造業や理系の職種に就く人が多いです。若いころに政府の政策立案に携わった経験から、あいまいな経済現象に対する分析にも抵抗がありませんでした。統計学というのは一つの方法論であり、自然科学、工学、医学分野でも経済学でも、分野を問わず応用可能な面白い学問領域です。今は、経済現象が面白いと思っています。

Q なるほど、統計学を身につければ、さまざまな分野で応用可能ということはわかりました。しかし、今、進学先をどこにするのか悩んでいる高校生に経済学部(類)で統計や情報科学を学ぶことの意義を伝えるとすれば、どのようなことがアピールできますでしょうか。

 最近、ビックデータ解析が話題になっています。また、そうした解析を行うための技術的な環境も整ってきました。しかし、数字は数字でしかなく、ここから何を取り出すのか?というのが今後重要となってきます。政府でも将来を見据えてデータ・サイエンティストというデータ分析のスペシャリストの人材育成が急務であり、具体的な方策を立て始めています。IT技術や情報処理にたけていればそれでいいかというとそういうわけでもありません。企業の業務内容、お金の流れ方、世界の経済情勢といった経済や経営の知識を持っている人でなければ、データが何を語っているのか見抜けないでしょう。経済・経営の基礎を身に着けて、企業や政府機関、地方自治体などが必要とするデータ分析を行うのであれば、経済学・経営学を学ぶことの意義は大きいと思います。

 

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