アジアの途上国と日本の間で(カンボジア、ミャンマー、英国、日本)

海外体験期間
2012年8月から2012年9月(2週間) ベトナム、カンボジア
2013年2月から2013年3月(1ヵ月間) 英国
2013年9月(1週間) ミャンマー

 私は、もともと海外にはさほど興味はなく、大学1年生の時はサークル活動に明け暮れる毎日でした。そんな私が海外に行きたいと思うきっかけとなったのが、スペイン語の科目で一緒だった4年生の先輩との出会いです。その先輩には1年間の留学経験があり、何度かお話を伺ううちに─私も先輩のように様々な価値観を持ち知見の広い人間になりたい─という思いを抱きました。そして、初海外として選んだ地がベトナムとカンボジアです。アジアと途上国と日本の間でこの2ヵ国では石川県ユネスコ協会青年部のメンバーとして、主に孤児院や小学校などで日本語や日本文化を教え、また日本の小学校から受け取った文房具を途上国の子供たちに届けるといった活動をメインに行いました。もちろん、学生のうちに途上国の子供たちに対して自分たちが少しでも役に立てるのであれば力になりたいという思いから参加したのですが、一方では今後日本との経済関係を一層深めていくと考えられるアジアの途上国の現状を、一度この目で確かめたいとも考えていました。2週間程の旅でしたが、途上国での暮らしは毎日が驚きの連続でした。水上で暮らす人々、世界遺産でもの売りをする子供、朝5時から鳴り響くバイクのクラクションの音、3日に1回はおこる停電。日本にいると当たり前の様に感じる日常がこちらでは非日常であり、日本では考えもしなかったことを考えさせられる毎日でした。あまりにも充実した日々だったため、帰国後2日間程は疲れで寝込んだ記憶があります。

 ベトナム、カンボジアから帰国した後、2012年の秋に東北派遣へ行き、2013年の春にはイギリスで語学留学を体験しました。また、2013年の夏には学生NPO法人の「うのあんいっち」のメンバーとしてミャンマーへ行き、孤児院や小学校などを訪れました。それぞれの体験について少し述べようと思います。

アジアと途上国と日本の間で 東北派遣は、東日本大震災の被災地支援を目的としたものです。2日かけて陸前高田を訪れ、津波によって側溝に堆積した泥の除去や海岸の清掃をしました。陸前高田は、ほぼ全ての建物が津波によって流され、家の基礎だけが残っていて雑草が生い茂っている状態でした。しかし側溝の泥をとると、水道の蛇口、食器のかけら、子供用の靴、ドアノブ、テレビのリモコンなどが次々と出てきました。それらはどれも、つい1年半前まで確かに人が住んでいたと感じられるモノで、心臓が締め付けられる思いがしました。そんな惨状の中でも懸命に生きる地元住民を見て─もう少し早く力になれれば良かった─と少しばかり後悔もしました。ただ、被災地の風景を直接見て、被災地の方々と話し、彼らとのつながりが出来たことは私にとって大きな財産です。

 この東北派遣の3ヶ月後に、私は春休みを利用して、イギリスのエジンバラというところに1ヶ月間、語学を学びに行きました。エジンバラは古い歴史を持った街で、街全体が世界遺産に登録されています。また、日本人観光客がとても少ないため、語学を学ぶには最適の環境でした。現地のホームステイ先のファミリーもとても良い人たちで、毎朝起こしてくれて、時にはお勧めのバーを教えてもらい、ある時には一緒にサッカー観戦をするなど私を家族の様に扱ってくれました。エジンバラに来た時は不安でいっぱいでしたが、彼らのおかげで最高の思い出となりました。彼らとは今も文通をする仲です。

 そして、イギリスでの語学研修から半年後の2013年の夏、私はミャンマーを訪れました。目的は、ミャンマーの教育の現状をこの目で確かめることです。2012年の夏に訪れたカンボジアで、現地の寺子屋に通う子供たちと触れ合う中で、彼らの笑顔に―何故、子供たちはとても貧しい暮らしの中でもこんなにも笑顔でいられるのだろう―、―彼らにとっての幸せって何だろう―など様々な事を考えさせられました。帰国してからもこの疑問は膨らみ続け、そのうちに疑問は、他の途上国の子供たちはどのような生活をしているのだろうかという興味へと変わっていきました。ミャンマーを訪れた理由は、もう一度途上国の子供たちの笑顔が見たいという純粋な気持ちと、違う国の教育の現状を見る事で別の視点から物事を捉えられるのではないかという考えからです。結局のところ、この旅で出会った小学校や孤児院の子供たちも、ベトナムやカンボジアで出会った子供たちと同じ様に笑顔で私たちを迎えてくれました。その一方で、バガンという観光都市では、普段学校に行っているはずの時間帯に物売りをしている子供たちの姿がありました。以前にもカンボジアのアンコールワットで同じように物売りをしている子供たちを見たことがあり―私たちが本当に手を差し伸べなくてはいけないのは、むしろこの子たちの方ではないのか―と強く感じました。その思いは今も変わっていません。社会人になった後、いつかこの思いが何かしらの形で生かされることを願っています。ミャンマーという国自体は、観光名所が多く、食べ物も美味しかったです。また他を助ける事がその人の徳になるという仏教の教えからか、親切な人々が多いイメージでした。一度行ってみることをお勧めします。

 さて、ミャンマーの旅はベトナム、カンボジアでの経験がきっかけであることは既に述べましたが、実は東北派遣もイギリスへの語学留学も共に、ベトナム、カンボジアで「自分が如何に日本の事を知らないか。」、また「自分の英語力が途上国の学生と比べ如何に劣っているか。」を自覚したことがきっかけとなっています。現在は、そのような気づきを与えてくれた海外の人々に感謝し、今度は海外からの留学生にも日本全体の事や、金沢の魅力を伝え何かを感じてもらえたらと思い、留学生宿舎で留学生と一緒に暮らしています。既に就職活動が始まっていますが、学生時代の経験を活かし外国と日本の両方に関われる仕事、具体的には商社や物流業界に関心を持っています。

 近年、若者の海外旅行者数の減少が問題視されはじめ、私の友達の中にも海外に興味がないと言う人はいます。彼らは、「海外旅行に行くことが、自分にとってどのような価値があるのかわからない。」、「海外という見知らぬ土地へ行くのが怖い。」と言います。勿論、海外へ行った結果何が得られるかなどについては行かなければわかりませんし、海外ではトラブルがつきものです。ただ、「知らない」や「わからない」といった理由だけで海外へ行く事を諦めないで欲しいです。これは大学3年間を通して学んだことですが、大事なことは「自分が知らない事に対して無知のままでいる。」のではなく、「知らない事を自覚し、興味を持って知る努力をする。」ことではないかと思います。興味や関心は、生きていく上で活力となります。海外に出て、異文化と触れ合うことは自らの無知に気づき興味の幅を広げる一番の近道となるのではないでしょうか。(M.M. 3年生)

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